★ハムの帰還★
             
(2000/09/05)



二百万年前、アフリカの森の中で兄弟喧嘩があった。体格が良くアタマも

よい兄貴が、全てに劣等な弟を追い出したのだ。兄貴の名をジンジャアトロプス

という。弟はホモハビリスである。それからというもの、兄貴のジンジャアは、

森の恵みを独占し、安逸な生活を続ける。たまには酸っぱいものも、ということで、

口直しにアリなども食するが、基本的には優雅・健康なベジタリアンであった。


一方、森を追い出された弟のホモはといえば、実り乏しいステップや砂漠を

さまようという、大変な生活を強いられる。手当たり次第に、小型哺乳類や

爬虫類を捕らえては飢えをしのぐ。あさましい雑食生活を始める。初めのころ、

主にホモの食物にされたのは、小型のネズミやトカゲたちである。しかしホモたちは、

決してめげなかった。それどころか、したたかにも、その数を驚異的に増やさえした。

そして徐々に、中型や大型の動物まで獲物にし、食糧にするようになってきた。


こんなことが可能になったのは、骨器・石器の発明があったからであるという。

(と、ツァラトゥストラも言っていたような……気がする。) そしてある日、ついに、

ホモたちは反転攻勢に打って出た。兄貴ジンジャアの子孫が住んでいる森を、

攻め滅ぼしたのである。繊細な環境を破壊され、哀れ、ジンジャアの末裔は絶えた。

今や、マウンテンゴリラやオランウータンなどに、その、ありし昔の典雅な面影を

偲ぶだけである。

ホモの子孫は森が嫌いだ。いや、ひょっとして砂漠が好きなのか……

                    ……このごろの地球を見ていると、そう思われる。


ところで、森に攻め寄せるホモたちには、影のように従う一団があった。

そう、あの齧歯類である。最初はホモたちの食料であったのだが、今や、

完全に対等合併し、緊密な生活共同体を構築するまでになっていた。いいや、

それどころでは済まなかった。プレーリードッグやハムスターなどに至っては、

現代では、ペットとしての身分まで獲得している。何とホモは、彼ら、元エサたちに、

衣(?)食住まで与えている。旅客機に乗せ、リゾートに連れて行くことさえあるらしい。


原始哺乳類はネズミのようなものだったらしい。体長10cmぐらい。

恐竜が跋扈していたころは、日の当たる世界を避け、森に逼塞していたという。

哺乳類が進化するにつれ、これらネズミたちは、まず、真っ先に、

冒頭の兄弟喧嘩に先立つはるかな昔、森を追い出されていたのだ。

それが今や、人間たちのド真ん中で、何ら労働することもなく、哺乳類史上、

最も安逸な生活を送っている。

まさに、ルイ18世の「国王の帰還」、にも匹敵すべき壮挙である。